背が高ければ、さぞかし女子からモテるでしょう?という素朴な疑問、実はソレ、今回の内容で覆されるかもしれません。
高身長の男性だろうと、”普通の男”ですから、今回は高身長の男性特有の悩みと、そうしたコンプレックスの仕組みについて解説します。
目次
1.言われて「なるほど」、高身長あるあるの悩み一覧
背がそれほど高くない男性にとっては、身長はコンプレックスの代表的な悩みですが、高身長の男性にも、知られざる、高身長ゆえの悩みがあります。
まずはじめに、その悩みについてご紹介しましょう。
・勝手に女子から”スポーツマン”と思われている
実際は運動が苦手で、運動音痴であるにも関わらず、『バスケやってたの?』、『足速いでしょ?』といった質問攻めになったり、思い込まれることがよくあるそうです。
しかも、”背が高い”というだけで、女性から注目される存在のため、一見モテているように思われがちですが、”注目される”ということは、逆に、真面目に付き合いたいと思う女性にとっては、一気にハードルが上がってしまうため、意外に恋愛とは疎遠になりやすい場合もあるようです。
・勝手に”なんか偉そう”と思われがち
どうしても高身長故に、多くの男性を見下ろしてしまう姿勢となるので、”生意気”、”偉そう”などと、あらぬ事を同性から思われる場合もあるようです。
妬み、やっかみは多分に含まれているとは思いますが、特に日本では横並びの一見普通が好まれる傾向が強いため、”出る杭は打たれやすい”っってことでしょうか?
・身長と顔が見合ってないと言われる
もうすでに悪口ですが、高身長の芸人でイケメンでない人がいるから、余計に顔と身長を比較され、”身長しか良いところがない”と、身勝手に決めつけ、本人自身をキチンと評価されづらいところはよくあるようですね。
・キマる服がない
これは結構、深刻な悩みだそうで、身長が大きいが痩せている場合は特にです。
巷のアパレル製品の殆どは、標準的な日本人体型、高くてもせいぜい170センチ前後を想定してデザインされています。
そこで、大きめの服を着るとブカブカ、痩せた体型に合わせるとサイズが短すぎるなど、ジーンズを除いて、スーツなどは特注になるので、どうしても服の費用は総じて高くなりがちといった場合が多いです。
・身長にあった家具がない
生活の身の回りの製品以外でも、オフィスでも机や椅子など、高身長の場合は座高も高いので、目立ってしまうほど周囲から浮いてしまいます。また、動けば手足も大きいので、動作が緩慢に見られてしまい、”ウドの大木”と揶揄されて、心が傷つく場合もあると聞いたことがあります。
・どこへ行ってもジロジロ見られる
見られるだけなら良いのですが、同性の場合は視線がキツく感じ、女性ではちょっとビビった感じに避けられるのもよくある話だそうです。
知人に身長185センチの男性がいますが、街へ出ると視線がものすごくて、殺気すら感じることがあったと語っています。邪魔に思われているんじゃないか?と思ったこともあったそうですよ。
- 身長が高いだけでモデルさんじゃない!
身長が高いと、身長コンプレックスのある男性から見れば、女性なら、なかなか恋愛対象になりませんが、男性の場合は一定数の女子ウケは確かにあります。
しかし、それはあくまで”見た目”の話であって、容姿から性格まで想像することは無理があるというものです。
高身長の男性も偏見の眼で見られる場合が、少なからずあるのは当然のようでして、『身長が高いだけで特別な眼で見るのは辞めて欲しい』というのは、普通にあります。
実はこの傾向、ある調査では日本では非常に多いんだそうですね。
『みんなで仲良く一緒に』、『皆と揃えて行動しましょう』といった教育上の協調性や同調を良しとする風潮が、悪い方へ作用すると、この様に時には『偏見』となって現れてしまうといったところでしょうか。
2.コンプレックスは思い込みではありません
むしろ、『無神経な人から植え込まれる』と言った方が、わかりやすいかもしれません。
この”無神経”というのは、自由に何でも言うのとは違い、『言い返せられられない状況を作り出したい気持ち』が、偏見のある人側の心にあるからです。
私の経験として、例えば高身長の男性が、低身長の男性に対して『背が低いですね』ということはまずありません。
しかし、『自分は人並みであるはず』と思う人が、自分と比較して一種の勝敗を決めたい時、同じ基準では勝負にはならないはずですよね。
・勉強が不得意な人が、高学歴に別分野の学問で挑む
・肥満の人が、自分はそれでも健康と逆手に解釈する
・顔に自信がない人が、”心は錦”と強調する
・他の料理(技術)は出来ないが、職人技が大切と主張する
・わからないことは普通だと言う
自分が何かで劣っていると感じた場合、通常の思考なら仕方ないと思うか、自分とは関係ないとして相手にしないか、興味が無いなど、他人はそれぞれ違うのが通常と認識しているはずですよね。
それでも、もしかしたら本当は他人から言われたくない本心がある場合、先回りして身長が高い人に向けて、「だけど性格が悪い」とか、逆に身長が自分と同じかあるいは低い人には、「別に普通じゃない」といった、立場が”上”にするように言い方を変えてくるわけです。
ねじ曲がった性格と言えそうですが、コンプレックスを与える言葉の多くは、褒め言葉でも、嫌味に感じてしまうのは、「自分は突飛な人でもないし、普通ですよ」という主張が言いたくても言えないからでしょう。
一方、身長が高い事を不便に思っていたり、コンプレックスを感じている人は、そもそも偏見の眼を、日々浴びているからこそ、人の身長に関して優劣の眼で見ることは無いのです。
偏見を持つか、偏見を感じる経験者かどうかは、その人のこれまでの人生や、生き方、考え方にも通じていると言えますね。
まとめ
最後に、ちょっとしたエピソードをお話しますが、人を叱る時や注意する時に、言葉の最初に「なんで?」をつける人っていますよね。
心理学的にこれは、「自分以外の人も、自分が思うことを理解しているはず」という思い込みから、「普通はそういうもんでしょ?」という決めつけから、他人や子供を見て、その言動に激情して声を荒げているのです。
これが、実は”偏見”と呼ばれる元です。
人が泣いたり、叫んだり、言ったりすることは、自分以外に何かを伝えたり、感情を表現することから、ごく当たり前のことで、精神的疾患が無い、通常の場面でよく見られることなら、その人の言動には理由が無ければ起こりません。
その他人の「理由」をまず理解せずに、ひとまず自分の主張を押し付けてくるのが、言葉を受け取った人の心に「自分はそうなのか・・」という懐疑心を抱かせるわけです。
しかし、身勝手に言った方はその解決方法を知ってるはずはなく、だから「なんで?」と疑問形になるんですね。これはアドバイスでも、なんでも無い”意味のない質問”ですからね。
コンプレックスは、病気でも無ければ異常でもありません。
身勝手で偏見を持ったまま、そのような事を言ってしまう相手の方が病的なのです。
高身長だからと、色々言われる人も、キチンとその人の生き方や考え方があるのですから、気をつけたいものですね。